「もしもし?」
「はいはーい。おはよー」
「うん。おはよう」
「今日はいい天気じゃない、ねー」
「うん」
「昨日は? ぐっすり寝たかい?」
「いやー。なんだか寝たり起きたりだ」
「そうかい。部屋は? あったかくして寝たかい?」
「んー。寒い」
「ちゃんとね、あったかくして寝なさいよ」
「うん」
「今日は家にいるの? 大学行くの?」
「わからん」
「行くんならね、早く行って早く帰って来なさいよ、明日あっちあるんでしょう?」
「うーん」
「なーに、どしたー?」
「昨日お母さんが私から離れなさいなんていうから、起きたらお母さんのことがスポッと抜けててさ、それはだめだと思ってかけたんだ」
「なーん。これまでだっていつもいつもお母さんのこと考えてたわけじゃないしょ」
「そうかもしれないけどさ、お母さん、10年会わなかった人のこと覚えてる?」
「覚えてるよー」
「じゃあ20年は?」
「覚えてるんじゃなーい?あんたはどうなのさ」
「わかんないけど、忘れてることもあると思う。だから、この先お母さんに10年も20年も会わなかったら、お母さんのことだんだん思い出せなくなるんじゃないかって怖くて」
「そんな心配してるんかい」
「ずっと悲しんだまま時間が止まってたらお母さんのこと忘れずに済むでしょ」
「そんな10年も20年もそのままだと人生台無しでしょ?」
「だからお母さん早すぎるんだよ、亡くなるなんて。喜寿の誕生日に何するかとか決めてたのにさ。50歳になって一緒に写真も撮れないなんてありえないよ。楽しみが何にもなくなっちゃったんだからね」
「そうだねぇ」
「悔しいなぁホントにもう。50歳の人も60歳の人も親はちゃんと生きてる人いっぱいいるのに、なんでお母さんに限ってこんなことになるの?」
「なーんでだろねー」
「お母さんの料理、めちゃくちゃ美味しかったんだからね」
「そんなこと言ってくれるのHちゃんだけだー」
「お母さんと手を繋いで歩きたかった」
「いつもねーお母さんがよっこらしょよっこらしょって歩いてたらそうしてくれたねー」
「街を歩いてたらお母さんより高齢の人いっぱい歩いてるよ、お母さんまだ若いのに。定年迎えて5年半しか経ってないじゃん。そのうち3年以上コロナだし」
「ねー。ひどいよねー」
「お母さんはいるだけで幸せをくれたんだ」
「あら、Hちゃんはそうやってお母さんを喜ばせてくれるのが上手だね」
「思ったことを言ってるだけなんだ。もう神も仏もこの世にはいないね」
「そんなことないよー。こっち来てね、みんな優しくしてくれるよ。天国はあっちですよーって。私は天国に行けますか?って聞いたら、あなたが行けなかったら誰も行けませんよ、って言ってくれてね」
「そうなの?」
「そうだよー。だからね、お母さん天国でHのこと見守ってるからね」
「お母さんいないとひとりぼっちなんだ。寂しい」
「そういう時はね、ぐっとお腹に力入れて頑張るの」
「無理だー」
「もう頑張るしかないさー、って言って頑張りなさい」
「寂しい」
「ほれ、ご飯でも食べなさい」
「ご飯はもう食べた」
「じゃあ、また寝るかい?」
「わからん」
「自分で考えて、しっかり生きるんだよ。じゃあね」
「うーん」