36日目・夜3

「もしもしー?」

「はいはーい。遅いねー、いま大学の帰りかい?」

「いやいや。今日はもう6時ごろ帰ってきたんだ」

「そうかい。よかったね。明日もあるからね。休みなさいよ」

「うん、お母さん何してるの?」

「んー? 家、ついてって(イイですか?というテレビ番組)観てるんだ。今ねぇ、すごい人出てるわー」

「ちょっと、あとで観るから内容言わないで」

「あーごめんごめん。いやぁ、さっきもね、こんな人出てたんだけどさ」

「いや、だから言わないでー」

「あーはいはい」

「あれ? テレビ観れるの? 昨日観れないとか言ってなかった?」

「お父ちゃんが家でかけてくれてるから観れるんだ。自分では付けられないんだけど。アハハ、おっかしー」

「そうなんだ、良かったね」

「今日は? 大学はみんないたかい?」

「いや、誰もいなかった。学生さんが隣の建物に1人か2人いたみたいだけど、誰にも会わなかった」

「あらそう」

「家出てからひと言も喋らんかったわ」

「いいじゃない、落ち着いて研究できたしょ」

「いやぁ今日は研究してないで論文読んでたんだ」

「あらそう。進んだかい?」

「いや、2ページも進まなかった」

「いいんだいいんだ。1ページでも2ページでも前に進むことが大事だからね」

「読んでるときもお母さんのことずっと考えてた」

「あら、なんてさ」

「お母さんいないなんて生き甲斐がないって」

「あーんもう、お母さんのことはいいの。生き甲斐は自分で作るんじゃあ」

「ムリ」

「研究楽しいって言ってたしょ。それ聞いたらお母さんも嬉しくなるんだよー」

「いまは楽しいのがつらい」

「なんでさ」

「だってお母さんがいないのに楽しいなんて頭おかしい人になった気分なんだもん」

「お母さんここにいるしょー」

「今日も昼ご飯食べながら、美味しいなー。お母さんに食べさせたいけど、もう一緒に食べられないって泣きながら食べたわ」

「あらー、お母さんのことそんなふうに思ってくれて、ありがとねー」

「お母さんにもっと美味しいもの食べさせてあげたかった」

「んー? ダメだー。お母さん今年はダイエットするんだから」

「もう去年の話でしょ。それにもう骨になっちゃったじゃん」

「ちょっとダイエットしすぎたね」

「もういや」

「あなたは? いま何してるー?」

「ベッドで寝っ転がって電話してる」

「もう夜ご飯食べたのかい?」

「食べてない」

「あら、どうすんのさ。夜遅い食事は太る原因になるんだよ」

「食べないで寝ちゃおうかな」

「それじゃお腹すくしょ、なんでそうなるのさー」

「いや、4時ごろお弁当の残り食べてさ。昼に4分の3くらい食べて、残りを大学出る時食べて出てきたんだ」

「それじゃあ足りないべさ」

「お腹空いてきたけど、もう面倒くさいから寝る」

「それじゃダメだー。なんかないのかい?」

「あるけど、いまから食べたら太りそうだから」

「そんなこと言ってないで、ほれ、電話切って食べな」

「うーん。わからん」

「なーん。もう。部屋は?あったかくしてるかい?」

「してるよ」

「湯たんぽは?入れたかい?」

「入れてる入れてる」

「明日は、早いのかい?」

「いやー昼からだー」

「明日から学生さん来るんでしょ?ピシッとして、やりなさいよ」

「いいの。普通通りで」

「ダメだー。寒いから風邪ひかないようにしてくださいね、とか言うんだよ」

「小学生じゃないんだから」

「いいんだー。そうやってね、言ってもらったら、あっ、あったかくしようかなとか思うもんなんだ」

「わかったわかった」

「じゃあね。今日は大学行ったんだから、早く寝なさいよ」

「うん」

「じゃあね、おやすみー」

「おやすみー」