彼は自らの存在の意味を見失い, 思い出となる事を望んだ。
論理は, 彼に消滅を命じ, 俺に彼の抹消を命じた。
事実に基いた論理の指令に従って, 彼は夢を諦めた。その選択を理解をした。
彼は, 彼自身の気持ちを優先することはしなかった。
彼は, 彼自身の夢がこれ以上続く事がないよう, 論理が下した結末通りに存在の抹消を依頼した。
俺は彼の最後の夢を見ていた。その夢は彼の心が生んだ完全なる幻想の世界で儚いものだった。
その夢を見ていて感じた。彼も同じく, それが幻想である事を知って夢を見ている。
最後の夢だから, それまで彼が「責任」を重んじるあまりに自由に夢を見ることを心で制していたものとはまるで違っていた。
あまりに自由で, 勝手で, 完全なる幻想の世界。最後だから, 作り出してしまった彼の幻想。
それがより儚さを感じさせるものだったために, 俺は論理の下した命令に逆らってしまった。
俺が見たかった彼の最後の夢は, これまで彼が見てきた真実の夢。
あの時, 彼は夢ではなく幻想を描き出したに過ぎない。そんな状態で彼を封じたくはなかった。
心の痛みを長い時間を使って癒し, 新しい夢を見つける道もあると俺は思った。
「責任」の下で夢を見て彼が努力を続けてきたことで得られたことはいくつもあった。
その彼を消す必要なんてないと思った。あまりにも報われないと思った。
また, 彼自身が自ら消滅を望んだのは, その「責任」のストッパーを外し,
幻想に逃げようという気持ちがあったためでもあり,
その彼を俺は許せなくもあった。最後まで綺麗に夢を見て欲しいと思った。
事情があって, その夢のために彼が何かを頑張る事はもう２度とないだろう。
その夢を抱いていた時間は長かった。その夢があったからこそ頑張れた事は幾つもあった。
だから, 一瞬にして気持ちを切り替えなくてもいいではないか。
それに彼は「守れなかった」んじゃない。「もう, 守らなくてよくなった」。それだけのことなんだ。
だからそのことで苦しんだり辛い気持ちになったりしなくいいんだよ。
長い時間を使って何度も思い出を振り返り, 持てる力のすべてを惜しみなく使った事のひとつひとつを胸に刻み,
再び何か目標を見つけて輝くその日が来ることを俺は信じて待っている。
心がふたつあってもいいさ。お前だったらいいさ。
お前の分まで, 俺が頑張る。お前ができなくなってしまったことは, これからは俺が頑張る。
だから, いまはゆっくりと休め。疲れただろう？ 今まで本当によく頑張ってくれた。
あんたの思い出はあんたのものだ。俺が使ってもその力を最大限に発揮させる事はできないよ。
本当にいろんなことを乗り越えようとしていたよな。
まだまだどんなことでも頑張れる。どんなことにでも努力をしたい。
いまでもまだそんな気持ちでいっぱいでいるんだろう？
あんたは本当に叶えたい夢のために頑張るの大好きなヤツだしな。
でも、 もう頑張らなくていいよ。２年半の間, 本当におつかれさま。もう終わっていいんだよ。
時間をかけてこの２年半を思い出そう。頑張った事は全部思い出そう。
そしていっぱい泣け。力になりたくてなれなかったと泣け。
きっと, 努力は無駄になったりしないから, またいつか一緒に何かを頑張ろうな。
