昨年購入した、名探偵コナン「黒鉄の魚影」のDVDを観ました。
DVDが届いた時は、母の看病でそれどころではありませんでしたし、
もちろん、悲劇の傷跡は今日まで151日間続いているわけです。
コナンの映画は、母も毎年楽しみにしていました。
映画館にはコロナ禍で行かなくなってしまったから、
DVDを見せてあげるかとも考えましたが、
そんな呑気なことをやっている場合ではないような感じもしました。
もっとも、母は亡くなる1週間前まで好きなドラマを見て、気を紛らわす時間もありましたが…。
今日は「黒鉄の魚影」を見て、灰原さんの言葉が胸に沁みました。
「あなたには生きる義務がある」
ちょうど、親との死別のシチュエーションにおいて使われた台詞です。
そして、今まであまり深く考えませんでしたが、灰原さんの本名は、
宮野志保
なんですよね。
志保。
志を保つ、と書いて志保。
親を亡くし、姉も亡くし、1人でも、志を継いで生きているんだ。
もちろん、その周囲には、少年探偵団の仲間の支えがあるわけですが…。
「逃げたくない!! 逃げてばっかじゃ勝てないから!! ぜったい!!!」
「逃げるなよ灰原、自分の運命から逃げるんじゃねーぞ」
その言葉を支えに、志を継いで必死に保っている。
お母さん…お母さんと離れ離れになるのは、もうこの世の終わりのように辛くて寂しいです。
42年間、お母さんのおかげでずっと幸せでした。ありがとう。
まだ、一緒に遊びたかった。ご飯、めちゃくちゃ美味しかった。
お母さんと結婚したいくらい、ずっと大好きでした。
でも、世代交代の時が来ちゃったんだ。
チクショー。早すぎるでしょうよ。
周りには102歳まで生きているお母さんもいるというのに。
それと比べたら、失われた31年ということになります。
あと31年ある人が、すごくうらやましい。
新しい命が芽生えて、1人の大学教員が生まれてしまうくらいの時間になるよ。
まだまだこれから、お母さんには、成長を見て欲しかった。
良かったね、って言って欲しかった。
結婚は、死が2人を分つまで、なんて言うのかな。
でも、お母さんのことは、例え死の壁で隔たれようとも、ずっと大好きです。
私は何者なのか。
ライフストリームに落ちて自分と向き合わなくてもわかる。
俺は、演じ続けていた。大学教員の自分を。
もちろん、俺は、本当に大学に勤めている。
授業をしている。会議にも出ている。論文も書いている。海外でも研究発表をした。
身分は准教授だ。
だけど、それは、ジョブを纏っているだけにすぎない。
本当の自分は、お母さんが大好きなんだ。
毎日、電話をした。甘えた口調でしゃべる、子供のままの俺だ。
それが、すっぴんの俺だ。
仕事に出かけるときはジョブチェンジして、学者を演じているけれど、
すっぴんになれば、お母さんが大好きなんだ。
お母さんさえいれば、幸せだった。他には何もいらない。
だから、コロナ禍も全く退屈なんかしなかった。
お母さんと電話ができたから。お母さんと一緒なら、元気いいっぱい。
それが、すっぴんの俺だ。
お母さんさえいれば、幸せ。本当にそうだった。
安心できる場所だった。ありのままの自分でいられる場所だった。
成功したら、自分のことのように喜んでくれた。
いつでも、俺の行動にポジティブな意味付けをしてくれた。
みかんを食べるだけで、風邪をひかないからねとか、言ってくれるんだ。
体にいいもの食べたね、えらいね、って。
喧嘩もせずに、ずっと話していられるね、魂がガッチリつながって、信頼し合えるんだね、って。
お母さんといられる幸せが、幻想の世界になってしまった。
最後の幻想の瞬間が訪れてしまったから。
これからは、現実を生きなければならない。もう、すっぴんには戻れない。
私は何者なの?
お母さんにもらった名前のある、数学者か。
「もう、幻想はいらない。俺は、俺の現実を生きる。」
ずっと幻想が真実で、現実が虚像でした。
幻想の世界から、現実の俺をコントローラーで操作していたんだ。
現実なのに、どこか空想のような世界。
これからは、現実を生きなければならない。
世界が…反転したんだ。幻想と現実が入れ替わってしまった。
「もう、幻想はいらない。俺は、俺の現実を生きる。」
それはつまり、どういうこと?
やっぱりクラウド君と一緒。現実世界としては、これまでとあまり変わらないのか。
これから進もうとしている未来に、お母さんはいない。
進んでも悲しい、進まなくても悲しい。困ったことになってしまったな…。
大体こんなアニメとゲームに当てはめるのは嫌なんですけどね。