また、新しい感覚が生まれてきました。
生きるエネルギーが枯渇している。
麻痺、悲しみ、苦しさ、寂しさ、禁断症状と心の状態は変化もしくは増大してきましたが、
心の中にいつもあった母の優しさみたいなものが枯渇している。
バッテリーが切れかけているんだ。
永久に充電ができなかったら、心はスカスカになってしまう。
これまではずっと、愛情に溢れていたんだと思う。
心の中はいつも、母の愛がいっぱいに詰まっていて、ちょっとやそっとの事では不安にならなかった。
それが今、補給ができない。
エネルギーがないのに、補給ができない。
エネルギーがなくなったら、頑張れない。
母の愛とは何だ。
一人暮らしだから、家事をやってもらっていたわけではないし、
仕事も定職で持っているから金銭的なものでは全くない。
母の愛は、日常の会話の中にあるんだ。
大変な事は共感してくれた。頑張れーって応援してくれた。
「寒いからね、風邪ひくんでないよ」のひと言に、すべてが詰まっていた。
嬉しい事、話せる人がいないじゃん。
「あら、よかったね」って一緒に喜んでくれたのがどれだけ活力になったと思っているんだ。
「昨日ふるさと納税したんだ、そっちにも送ったよ。なんだと思う?」
ってやりとり、楽しかったなぁ。
お母さんがいたから頑張れた事、いっぱいあるよ。
いっぱい色んなことを話してくれた。
街に咲いている花の話。「見て見て、バス停のところにチューリップ咲いてたよ」
テレビでやっていたニュースの話。「今日は数100年ぶりに見える星があるんだって」
好きなドラマの話。「俳優さんがね」
とか。実家とは200kmは離れていると思うけれど、
電話をしながら、空を見上げて、今日の月はこんなふうに見えるね、って話したこともあった。
ビデオ通話をしながら、同じテレビ番組を見たこともあった。
離れていても同じ時間に同じものを見て心がつながっていたんだ。
何ひとつ言い争いなんてすることがなかった。
何でも安心して話すことができた。そんな人がもういない。いないってどういうことだよ。
心細い。心の中のエネルギーがすごくうっすらとしています。ほっそりと心がやせてしまいました。
ああ、僕は、身体も痩せたけれど、本当に痩せたのは心の方だったんだ。