笑顔を君に

「待つんだ。 ジュリア!」
「ダメ! 来ないで!」
ある日, ジュリアの人生を大きく変える出来事が起きた。
彼女の夢が消えてしまったあの日, 僕は彼女を引き止める事ができなかった。
ジュリアは, 研究室を去った。彼女の事だ。辛い事はすぐに乗り越えられる。
次の日にはまたいつもの笑顔を取り戻し, 研究に打ち込んでくれる。僕はそう信じていた。
でも, その日を境に彼女は研究室に来なくなってしまった。
今思えば, あの時僕は彼女を追いかけるべきだったのだ。
心配に思った僕が, 数日後, 彼女の家を訪れた時には, 彼女は大学側に届け出ていた住まいから既に引っ越した後だった。


「ねぇ, 聞いて, ブラウン。私には夢があるの」
彼女が研究室を去った後, 僕は, 彼女と過ごした日々を思い出すことを繰り返していた。
「今日はどうしたんだい, ジュリア。これまで僕が君の夢について問いかけたら, 君はすぐに研究室に逃げ込んでしまっていたのに」
「今日はなんだかお話したい気分なの。聞いてもらえるかしら」
「もちろんだよ, ジュリア。僕は, いつも君の役に立ちたいと思っているのだからね」
彼女は, 澄み切った秋晴れの空を見上げて話を続けた。
「私, 守りたいものがあるの」
「守りたいもの?」
「笑わないで聞いてね。私, ナイトになりたいのよ。あらゆる苦しみや悲しみから, 大切な人を守る騎士。だからね, ブラウン。私は強くならなければならないの」
「君が守りたい大切な人とは一体…?」
僕はその日, 彼女の心の強さの核心に触れた。その日から, 僕はずっと彼女の夢を応援していた。彼女とは同じ夢を見る事ができていたはずなんだ。
「私が守りたいものはね…」


「ブラウン教授。ブラウン教授!」
「ん?」
「お届けものですよ」
「ああ, すまない。少し考え事をしていたものでね」
僕はいくつか届いた荷物の中から, 一通の手紙を見つけた。
差出人の名はハイネ・ジュリアノール。


『親愛なるファイン・ブラウン教授


お久しぶりです。ブラウン教授。
突然いなくなってしまったりして, あなたにもたくさん迷惑をおかけしてしまったと思います。
本当にごめんなさい。私はいま, 私が生まれ育った田舎町でひっそりと生活をしています。
あなたと過ごした1年半はとても楽しかった。本当にお世話になりました。


私は, 随分と長い間夢を見てしまっていたのね。
目が覚めてようやくその事に気付く事ができたわ。
だからね, ブラウン。私はしばらくの間, 夢を見ないで生きると心に決めたの。
だって, もうこれ以上無意味な事に時間を使うのはごめんだもの。
あなたがどんな夢を見ようと, もう私には関係ない。
でも, アクレイギアの花に誓うわ。
神様の気まぐれか何かで, いつかまた夢を見る気になったら…。
その時は, アクレイギアの花言葉通りに, 必ず手に入れて見せるってね。
その日は必ず訪れる。だから, 楽しみに待っていて頂けるかしら。


ハイネ・ジュリアノール』


『夢を見ないで生きると心に決めたの』, か…。なんという事だ。
いや, 僕は諦めない。彼女を幸せにすることは僕の夢だ。彼女の笑顔を必ず取り戻してみせる。


『親愛なるハイネ・ジュリアノール君


僕は, 君の笑顔を必ず取り戻してみせるよ。


ファイン・ブラウン』