たくさんの小さな思い出1

シオンで何度か夕食を共にするうちに, 僕は彼女をジュリアと呼ぶようになっていた。
そして, 初めのうちは僕の事を「先生」と呼んでいた彼女も, いまはブラウンと呼んでくれている。
公的なメールや手紙のやり取り, 会議や研究集会の際は, もちろん
ジュリアノール君, ブラウン教授と格式ばった呼び方をしているけれど。


研究における彼女の着眼点は素晴らしかった。彼女は様々な問題点を次々と解決しては研究業績を積み重ねていった。
ある日, 僕は研究室で彼女に尋ねた。
「ジュリア, 君はどうしてそんなに強いのかな」
彼女には予期しない質問だったようで, 彼女は笑って言葉を返した。
「私, そんなに強いかしら」
「ああ。何と言ったらいいか, 君は諦めるという事を知らない。君の集中力や持久力, 行動力にはいつも驚かされているよ」
「そんなことはないわ。私はただ, 自分のやりたい事を好き勝手にやっているだけだもの」
「好きなものにまっすぐに打ち込むことができるのは君の魅力のひとつかな」
「あら, 今日はどうしたの, ブラウン。おだてて何かやってもらいたい仕事でもあるのかしら」
「いや, 今日はそんなつもりはないよ」
「今日は, ね」


彼女にはどうしても叶えたい夢があった。
その夢に向かって進んでいると信じていた事が, 彼女に力を与え続けていた。
初めのうちは, 僕が彼女の夢を聞いても彼女は答えてはくれなかった。
「いくらブラウン教授でも, 恥ずかしいからダメ。お話しすることはできないわ」
「どうしてだい? 僕は, 研究の事で何か力になれる事があったらぜひ協力させてもらいたいと考えているよ」
「それなら本当に, お話しすることは何もないの。だって, 私の夢は研究とは無関係な事なんだから」
そういって, 彼女は僕の質問から逃げるように研究室に戻ってしまった。