Memories Blade

■ホームページ終了
大学1年のときから数えれば6年間、
個人サイトに変わってから数えればおよそ4年半。
それだけ続けてきた…(いや、そうじゃないかもしれない)。
それだけ続いてきたホームページを終了させてきました。
日記だけじゃなく、すべてのコーナーを過去という名のヴェールで包んできました。
解約手続きも済ませたのであとは自然に削除されていくことでしょう。


随分と唐突にホームページ削除が決断されたように自分でも感じます。
何にも未練がないかと言われれば…、きっと未練があるような言葉を作り出してしまう気がする。
まるで自分自身の過去を消してしまうかのような不思議な感覚。
(日記を消滅させることがそれを意味する気がして)それが嫌だったから、日記を書いていた。
だけどそんなふうに感じること自体がもう既に危険なことなんです。
あのホームページには、きちんとした「存在している理由」がなかった。少なくともこの半年間はそれがなかった。
どんなものでも、いつかは終わるときが来る。
それなのにあのホームページはいつが終わりなのかわからなくなっていた。
なんとなく気が付いていたのは、自分の学生生活が終わるとき。
だけどそれは、ポジティブな理由ではなかった。
自分がどこまでやれるか確かめるために大学院に入り、修士課程で数学をやめるとき。諦めるとき。
それがホームページが終わるときになるんだろうな、って思っていました。


でも未来は違っていた。開くはずのない扉が気付いたときには開いていた。
(もちろん、そんな気持ちで開いた扉に入ることができるはずもなく…。注?)
想像しなかった未来。失敗するのが怖くて、想像することを恐れていた未来。
想像することから逃げていた自分自身の過去。
何が自分を想像上に存在しなかった未来へと導いたのかわからないが…。


????「(知ってるよ。君の心はもう知っているよ…。)」


そう、何が自分を想像しなかった未来へ導いたのか、いまの僕は知っている。
それは周りの人が投げかけてくれた数々の暖かい言葉のかたまり。
その優しさが前に進む気持ちを押してくれたんだ。
ひとりでは想像できなかった未来に辿り付いた今、ひとつの疑問が残った。
「このホームページは何のために存在しているんだ?」
「想像しなかった未来の中にいる自分は、このホームページにどんな意味を見出せばいい?」
そんな問いかけをすることができるまでに『例のあの期間』での経験が落ち着くまでに半年間かかりました。
(ある出来事がなければ、時間が動かなくなっていた世界の時計が動き始めなければ、
自分の心に問いかけることは、ずっとできなかったと思う。)
問いかける事ができないまま、不思議な感覚を抱いたまま、
いまがどんどん過去になって、続いていくホームページの中で、
自分の過去がネットワークの中にどんどん蓄積されていく。
そうしたら、きっと、もっとやめられなくなってしまう。
それに気が付いていました。そういう未来に気が付いていました。
でもやめられませんでした。新しいスタートラインに立てませんでした。
それがいまこの時期に終了させることができたのは、きっと新たに動き出した時間のおかげ。
それが意味する真実は…、いや、いまはやめておこう。
秘めたる願いが言葉になれば、言葉と共にその意味が拡散してしまいます。
これは、ネットワークの世界にではなく、心の中で大切にしておきたい言葉。


蓄積されたネットワーク上の自分の過去。ホームページが消滅することにより、
それを取り出すことはもうできなくなるけれど、それは消えたんじゃなくて、自分の心の中に帰ってきた。
そういう風に思うことができないかな。
とてもたくさんの忘れていた過去。ネット上に置き去りになって整理されていませんでした。
ここは、それを整理していまの自分の位置を確かめる場所。
ここは日記に書いたことを本にすることができます。
データとして過去が存在するだけじゃなくて、ちゃんと触れられるものに変えることができる。
(本だって所詮はデータじゃないかと言われるかもしれないけれど、
パソコンやバックアップCD-ROMが壊れたらなくなってしまうような不確かな存在よりは、
ずっと確かな存在感を味わえる気がするんです。)
だから、ここを選びました。思い出が眠る場所にここを選びました。


少し前の時代までは、日記を人に見せるなんて人は少なかったと思います。
それが今や、たくさんの人が自分の日記をホームページやブログで公開している。
ネットワークが発展し、技術が人を変えました。
だけどどうなのかな。自分の日記って人に見せるものなのかな。
みんなちゃんと考えているのかな。何のためにネットワークを通して自分の日記を書くのでしょう?


僕は、何のために日記を書くのでしょう?
それはきっと、思い出を武器として未来と戦うため。


博士課程に進学したいまの自分がしている経験はそんなに多くの人が経験するものではない気がします。
ただ、それを実現させてくれたのは、自分の力ではありません。
たくさんの人に囲まれて、僕は僕になりました。
だから、博士課程で描かれていく経験を少しでも伝えたくて…
自分のことを見守ってくれた人、自分の傍にいてくれた人に、
少しでも自分のいまを伝えたくて、それで日記を書いています。
それに、きちんと整理しておかなければならないんだ。自分の過去を、思い出として。
ネットワークの世界から、思い出を救い出さなければならない。
整理された思い出は、いつか遠い未来の自分を励ますことができる。
整理されていなかった思い出を整理するために、ホームページは閉鎖しました。
ホームページの閉鎖にはたぶん、そういう理由があったんだと思います。


日記を完全に削除するという手段を使って、一度すべての夢を諦めよう!
そして、本当に大切なものだけを夢見るために、その大事なものを選びなおそう。
そうすれば、自分のやるべきことの意味がもっと見えてくるはずなんだ。
どんな夢を見ればいいのかわからない? 冗談じゃない。決まってるだろ? 綺麗な夢を見ればいい。




注? 「そんな気持ちで開いた扉に入ることができるはずもなく…。」
…通称『例のあの期間』『1st thesis Battle』 そのシーンの再収録はいつか適切な時期に。